子どもの健康格差と学校保健

            広がる子どもの健康格差
 
2009
年秋に、朝日新聞に掲載された記事のタイトルは衝撃的なものであった。「広がる子どもの健康格差 病院行けず、保健室で治療も」1)


その記事では、養護教諭の報告をもとに、子どもの健康格差の事例が紹介されている。医療機関で治療費が払えないことから、学校の保健室で怪我や病気を治そうとする例、学校の健康診断で異常がみつかっても再検査をしようとしない例、家庭で食事を十分に摂っていないために空腹を保健室で訴えたり、授業に集中できなかったりした例などである。健康診断の事例では、再検査は自己負担となるため、生徒からまずでる言葉は、再検査代のことであったという。また、再検査を促し、ようやく受診した後、問題がなかった際、保護者から「お金が無駄になった」という苦情までよせられたという。

学校教育において、親の経済格差あるいは社会経済格差(教育もその要因の一つである)の広がりによって、まず注目されたことは、それらによる学力格差の問題であった。それが今日、先の記事内容にみられるように子どもの健康を脅かし、健康格差をも生んできているのである。

            社会経済格差と健康格差

ところで、近年、社会経済格差と健康格差についての調査が広く行われるようになってきたが、それに大きな影響を与えたものは、1980年に報告がなされた英国のブラック・レポートと呼ばれるものである。そこでは、社会階層による死亡率、保健サービスの利用率、あるいは子どもの事故死の差などが報告されている。その後、日本でも、米国でも、さらには経済的な不平等が比較的少ないと考えられていた北欧の国々においても、社会経済格差によって健康格差が生じるという事実が次々と報告されてきている。

このように社会経済格差によって、健康にも格差が生じるという事実をまずもって認識するとともに、学校教育においては、子どもが帰属する家庭や地域の社会経済的な状態の差が、子どもの学力とともに、健康にまで影響を及ぼしているという今日的状況をまず認識する必要がある。

            学校保健の仕事を再考する

子どもが帰属する家庭や地域の社会的経済的な状態の差が、子どもの健康に影響を及ぼしているという今日的状況は、学校教育における学校保健の仕事の存在根拠は何であり、またその仕事をどう進めていくことが必要なのかという根源的な課題を我々に突きつけている。

健康格差の今日的状況は、それをそのままにして、子どもたちが学校生活を豊かに、そして人生を豊かにすることはできないということを示している。先の事例のように、怪我の治療が満足に行えず授業に参加できなかったり、空腹のために授業に集中できなかったりしているという現実をみるとき、どんな時代であれ社会であれ、学校の機能は、子どもの生存や健康を前提にしない限り成立しないことを示唆している。

憲法第25条において「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」ことが謳われているが、この生存権や健康権を保障することが、子どもの教育権(学習権)を保障するということである。また、憲法第26条では「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて権利を有すること」さらには「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられねばならないものであって、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって教育上差別されない」というように、教育を受ける権利(学習権)が保障されている。

そして、教育基本法において、教育の目的として「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない」ことが謳われている。

以上を踏まえ、学校教育で行われている学校保健の仕事が、子どもの生存権や健康権を保障し、教育を受ける権利(学習権)を保障し、そして教育の目的としての心身ともに健康な国民の育成を保障するものとなっているかどうかを改めて考えてみる必要がある。

            学校保健の仕事をよりよく進めるために

子どもの健康格差の問題は、一筋縄で解決するものではない。しかし、これまで述べてきたようにこの問題は深刻である。単に学校のみならず、行政の対応も検討が必要ではあるが、ここでは、まず学校において行うことができる事項をあげ、この問題への対応を検討したい。

1)共通認識をはかる
先に述べたように、学校教育においては、子どもが帰属する家庭や地域の社会経済的な状態の差が子どもの学力とともに、健康にまで影響を及ぼしているという今日的状況、ならびに子どもが健康の問題を持つことで奪われるのは、その子の教育を受ける権利(学習権)であること、教育を受ける権利(学習権)は子どもの生存権や健康権が前提となることなどを、まずは教職員が共通認識することが必要である。そして、各学校での健康格差の問題について、例えば養護教諭が一人でかかえ対処するのではなく、学校において共通認識をもって検討を進めることが大切である。

2)まず子どもの健康現実ありき
学校保健の仕事は、学校保健安全法や学習指導要領などの法的根拠に基づきながら進められるものではあるが、子どもの健康格差の問題状況の深刻さを踏まえると、この問題に対しては、学校保健の仕事を、ルーティンワークとして進めるのではなく、まずはじめに、学校の子どもたちの健康現実ありきとして、状況の十分な把握とその背景を分析し進めていく必要がある。

3)学校保健委員会の組織を活用する
子どもの健康格差の問題は、健康にかかわる問題の中でも、とりわけ包括的な視点が必要である。その問題性を把握し解決の方策を探るためには、子どもにかかわるすべての人々が一緒になって、考え、検討し、行動していための組織づくりが重要である。幸いにして、学校においては、学校、家庭及び地域社会の連携を図り、子どもの健康づくりを推進する組織である学校保健委員会が設けられている。ここでは、課題により、地域の人材を活用することも少なくない。学校の教職員、保護者・PTA、学校医・学校歯科医・学校薬剤師はもとより、行政の長や行政関係者、民政委員、ボランティア活動をしている人などの参加もとりつけながら組織づくりを行う。組織づくりにおいて、学校長の果たす役割は大きい。また、問題性の把握や解決の方策を探る際には、いわゆる縄張り意識を持たず子どもの健康現実に焦点をあてながら、参加している人々や地域の教育力や問題解決力が結集されるような組織であることが求められる。

4)社会的サポートを中心にした子どもと保護者へのアプローチ
健康格差の問題には、保護者へのアプローチが不可欠である。しかし、この問題では、当事者である子どもはもちろん、保護者も孤立感を深めている場合も少なくない。保護者に対して、子どもの健康を守ることの必要性についての理解を促す働きかけはもちろん大切ではあるが、日常生活における情緒面のサポートと実際の困難に対する手段的サポートからなる社会的サポートを忘れてはならない。これは地域や行政が中心的に役割を果たすべき事柄ではあるが、学校には、当事者である子どもの健康現実の情報を積極的に提供する役割がある。その際の学校保健委員会の活用は、前に述べたとおりである。また、健康格差には、健康のために必要な情報を収集したり、それを利用したりすることの格差(情報格差)も密接に関わっている。情報格差の保護者への手段的サポートは不可欠である。十分な日本語能力を持たない保護者などの場合はなおさらである。最後に、長期的展望ではあるが、このような格差をできるだけなくすためにも、子どもへの健康リテラシーの教育の必要性とそれを保障する環境整備の必要性についても指摘しておきたい。

参考文献
1)「広がる子どもの健康格差 病院に行けず、保健室で治療も」Asahi.com(朝日新聞社)、http://www.asahi.com/national/update/0929/TKY200909280430.html2010122日)