小学校の保健授業と評価のあり方を考える

1.小学校における保健の目標を考える

 ここに小学校5年生が書いた作文がある
                      この一年で
                                                              5年 Y. O.
 私は五年生になってのこの一年が,今までの私の人生の中で一番成長したと感じています。いろいろな経験もしましたし,今まで考えたことのもなかったことで悩んだりもしました。
 保健の授業で『心の発達』について勉強しました。幼稚園ぐらいの子の遊び方は,一人遊びや少人数での遊びが多く,どちらかというと自分中心に考えることが多いそうです。中学年ぐらいになると,友達といっしょにきまりを考えながら遊べるようになり,自分の考えがまとめられるようになってきます。そして私ぐらいの年になると,相手のことを考えたり筋道立てて話したりできるようになってきます。
 考えてみると今の私の考え方や遊び方も小さかったころと比べて,ずいぶん変わってきました。友達のこと,学校のこと,将来のこと,いろんなことを考えるようになってきました。
 私がこの一年で成長したと思うことは,『自分』について考えるようになったことです。私はこれからも成長して,遊び方も考え方も感じ方も変わっていくと思います。でも,悪いことと良いことを見分けられる人間になりたいと思っています。これからも自分を見つめて歩んでいきたいと思っています。できればいろんなボランティア活動にも参加してみたいです。

 この作文は,ある小学校の年度末に編集された学校文集に書かれたものである。Y.O.さんは,保健の授業で学んだことに触れながら,この一年の自分の成長をまとめている。保健の授業で学んだ内容を思い出しながら,まず自分の心が変化し発達したことに気付いている。また,自分の心の発達に関心をよせつつ,授業で学んだ内容と比較しながら,自分の心の発達を分析している。そして,心の発達について,授業で学んだことが確かにそうだと納得しつつ深く理解している。さらにそのような過程を通して,自らのこれからについて考え,希望や高い目標を描くに至っている。
 作文の題は「この一年で」であることから,これらのことができるようになったのは,一年間の様々な経験によるところも大きいと思われる。しかし,少なくともY.O.さんは,保健の授業によって,それもおそらく一時間の授業によって,心の発達に「気付いたり」,「関心を持ったり」,「比較したり」,「分析したり」,「理解したり」することがより深まっている。このことは,小学校における保健の目標を考えるうえでの参考になるように思われる。

2.改訂された学習指導要領にみる保健の目標
 2008年に改訂された学習指導要領において,小学校体育科の目標は「心と体を一体としてとらえ,適切な運動の経験と健康・安全についての理解を通して,生涯にわたって運動に親しむ資質や能力の基礎を育てるとともに健康の保持増進と体力の向上を図り,楽しく明るい生活を営む態度を育てる。」とある。
 「健康・安全についての理解」は,主に保健の目標に関連することであり,「健康の保持増進を図る」は,身近な生活における健康・安全に関する内容を実践的に理解することを通して,自らの生活行動や身近な生活環境における学習課題を把握し,改善することができる資質や能力の基礎を培うことを示したものであることが明記されている。
 そして小学校の保健領域の内容である「毎日の生活と健康」「育ちゆく体とわたし」「心の健康」「けがの防止」「病気の予防」それぞれの目標が次のように示されている。
 ・毎日の生活と健康については,健康の大切さを認識するとともに,家庭や学校においける毎日の生活に関心をもち,健康によい生 活を続けることについて理解できるようにする。
 ・体の発育・発達については,年齢に伴う変化及び個人差,思春期の体の変化などについて理解できるようにする。
 ・心の健康については,心は年齢とともに発達すること及び心と体は相互に影響し合うことについて理解できるようにするとともに ,不安や悩みへの対処について理解できるようにするようにする。 
 ・けがの防止については,けがが発生する原因や防止の方法について理解できるようにするとともに,けがの簡単な手当てができる ようにする。

 ・病気の予防のついては,病気の発生要因や予防の方法,喫煙,飲酒,薬物乱用が健康に与える影響を理解できるようにする。
 おそらく,現在この学習指導要領の下での指導要録が検討されていると思われる。学習指導要領に示されたそれぞれの内容の目標の語尾にある「理解できるようにする」の下位目標を定めることは容易ではないが,あらためて,先に紹介した作文を読み返してみるとき,短絡的にすぐに役立つものやすぐにできるといった目標観ではなく,健康・安全に関して,関心・意欲を持ち,しっかり考え,そして納得して理解していくことを基礎としたものであるとよいように思われる。そのような目標は,子どもたちが,生涯にわたって,自らの健康を創造していく能力につながるものであり,教科としての保健の目標として相応しい。

3.保健授業の目標達成に向けた教科書と授業
 筆者はかつて,小学校の36の保健授業の終了後に924名の小学校5,6年生の授業評価を収集し,因子分析を試みたことがある。子どもたちは,受けた授業に対して,どのような感想を持った時にその授業を高く評価しているのかをみるためである。
 子どもたちが高く評価した授業は大きく四つに分類することができた。
 まずは「認識や知識・理解」が高まった授業であった。授業を受けた後に,「たいせつなことがらだと思った」「これからの生活に役にたつことがあった」というように学んだことに価値があったという感想を持ったり,「新しくわかったことがあった」というように新しい知識や理解を得ることができたとする感想を持ったりした授業を,高く評価していたのである。

 次は,「興味や関心や意欲」を高めるものであった。授業後の感想としては,「もっとつづけて勉強したい」「もっと知りたい,もっとしらべたい」「むちゅうになって勉強することができた」「きょうの勉強は楽しかった」などである。
 そして次に,「主体的に学習」できた場合の評価も高かった。「自分からすすんで勉強した」「自分の意見をもつことができた」「すすんで授業に参加した」などの感想があった授業である。
 また,友だちと「協力的に学習」できた場合の評価も高かった。その感想は「友だちと助けあって学習できた」「友だちの意見をきいて,いっしょに考えることができた」などである。
 子どもたちが,大切だとか,役に立つと実感したり,これまで知らなかった知識を得たりすることができるような,そしてもっとつづけて勉強したい,もっと知りたい,もっとしらべたいというような,教科書や教材の工夫が必要である。子どもたちの持つ知的好奇心を揺さぶるような教科書や教材の開発ということである。また子どもたちが,授業に主体的に参加したと感じたり,さらに友だちと意見交換したり,共同で作業したりするような学習過程の工夫も必要である。やらせるのではなく,そのような学習過程を誘発していくなんらかの仕組みを。

4.保健科における学習の評価と授業の評価
 小学校において,保健教科書が誕生して(それまでは副読本),約20年となる。この間に,子どもたちに魅力的な教材がいくつも開発されてきた。また,講義だけではなく,いろいろな教育方法が用いられ学習過程の工夫もみられるようになってきた。それらに比べて,保健科における評価についての検討が十分に行われてきたとは言いがたい。小学校よりも中学校や高等学校において顕著なことではあるが,学力や能力を点数化したり,序列化したりすることだけが評価として注目されたり,あるいは保健のテスト問題が保健の教科書を暗記さえすればいい点数がとれてしまうものにとどまっているといったことは否定できない。評価は,本来子どもたち自身が自らの学習の過程と結果を確認していくものである。そして評価は子どもの学習と成長を支え,子どもが持つ潜在的な可能性を引き出し育てる教育的機能を持つものである。

5.保健のテスト問題を工夫する
 とはいえ,暗記さえすれば解けてしまうテスト問題ではない問題をどう作成していくかは容易ではない。筆者は,テスト問題を作成する際に,かつてブルームが分類化した教育目標である「知識」「理解」「応用」「分析」「総合」「評価」を一つの手がかりにするとよいと考えている。「知識」レベルのテスト問題は,学習したとおりの情報を記憶し,単に再生できるかどうかを問うものである。暗記さえすれば解けてしまう問題である。「理解」レベルの問題は,学習したことを単に再生ではなく,説明できたり,例をあげることできたりして,再体制化できるかを問うものである。「応用」レベルの問題は,課題を解決するために,知識や情報を用いることができるかを問うものである。「分析」レベルの問題は,知識や情報に基づきながら推論することができるかを問うものである。「総合」レベルの問題は,知識や情報を総合的に考え,計画や方策を創り出すことができるかどうかを問うものである。「評価」レベルの問題は,知識や情報の利点や欠点を評価して意見を出したり,結果やアイデアを一定の基準によって評価できるかを問うものである。すなわち,「知識」レベルの問題のみならず,「理解」「応用」「分析」「総合」「評価」レベルの問題を工夫して創り出していくことが必要なのである。
 高等学校のテスト問題であるが,一例を紹介する。
 問題:WHO(世界保健機関)が1947年に定めた健康の定義を書きなさい。
 この問題は,学習したとおりの情報(教科書にある情報)を記憶し,単に再生できるかどうかを問うものといえる。これを次のように工夫してみる。
 問題:(1)あなたが考える「健康」をイラストで表現しなさい。
    (2)WHO
世界保健機関)は,健康について「健康とは,身体的・精神的・社会的に完全に 良好な状態であって,単に病気       あるいは虚弱でないことではない」と定義しています。
あなたが書いたイラストをこのWHOの定義と比較し,その特徴を考察しなさい。
 このようにすると,イラストで表現した自分の健康観を,WHOの定義と比較して「分析」したり,「評価」したりすることができているかを評価できるわけである。

6.テスト問題を工夫すると授業が変わる
 ところで,テスト問題の工夫は,評価が変わるだけではなく,授業の展開が変わることにも注目したい。学習したとおりの情報(教科書にある情報)を記憶し,単に再生できるかどうかを問うテスト問題の場合,その授業は教科書にある情報を暗記させるような授業展開になってしまう。先の例で言うならば,WHOの健康定義を解説し覚えさせるといった授業展開にとどまる。一方,工夫したものでは,授業の中で自分の考える健康観をイラストで書いたり,またそれを友だちのものと比較したり,あるいは教科書にあるWHOのものと比較したりするなどの授業が展開されるのである。少し大変ではあるが,授業の目標,内容,教材などを構想する段階から,並行して評価で用いるテスト問題まで構想する。またそこで用いる問題は,暗記だけで解けるものではないように工夫する。そして,テスト問題がある程度決まってくれば,評価をするための授業にならないように気をつけながら,その問題を子どもたちが解答できるような授業展開になっているか再検討する。このように授業づくりのプロセスに評価を積極的に含めていくとよいだろう。

7.関心や意欲といった情意面を評価する
 「関心・意欲・態度」という評価観点が強調されて以降,それらのいわゆる情意面をいかに評価するかが問われ続けている。情意面は,他に比べて主観的に評価されることが多い。主観的に評価されるということは,教師の専門性が最も発揮される場面の一つということができるものの,評価の枠組みがぶれやすいことも確かである。教師が,関心や意欲が高まっている子どもたちの姿を,前もって具体的に枠組みとして持っておいて見取っていく必要がある。子どもたちがそれぞれの保健の学習内容で「気づいている姿」「疑問を持っている姿」「好奇心を持っている姿」「注意を向けている姿」「観察している姿」「質問している姿」「調べている姿」「好意をもっている姿」「価値を認めている姿」「楽しんでおこなっている姿」「自分から進んでしている姿」「目標を高く持っている姿」「我慢してでもおこなっている姿」「最後までおこなっている姿」「実践し,応用している姿」などを枠組みとして,それらが見られたならば積極的に評価していくとよいだろう。

.おわりに
 今回,保健の授業と評価のあり方を考えたが,授業は本来その目標から評価までが一連のものである必要をあらためて強調しておきたい。評価の方法についても,少し述べさせていただいたが,評価の客観性は難しく,それに対しては謙虚でなければならない。テストや観察に限らず,ワークシートを用いたり,レポートをつくったりなど,より多様な方法を用いて評価していくことが必要である。

参考文献
1)植田誠治「『確かな学力』の育成を目指した指導の工夫・改善〔保健体育〕」『中等教育資料』第394号,10 −152005
2)植田誠治「小学校保健授業の教授−学習過程評価票の開発」『学校保健研究』第40巻1号,75811998
3)日本学校保健会『高等学校保健学習の指導と評価−生徒・授業を変える評価への転換−』日本学校保健会,
  2004
4)辰野千壽『改訂増補 学習評価基本ハンドブック−指導と評価の一体化を目指して−』図書文化社,2001